中秋節の休戦 2003年9月上旬



9月に入りAoD対UNの戦いは主戦場を暗黒島に移した。
Elite主導によるBCが立て続けにCE島の要であるGoA Cityに打ち込まれたのだ。
この頃はまだBC戦が重みを持っており、ここぞという時にしかBCを置かない文化がM鯖にはあった。
週末に1回BC戦があるかないか、そういう価値観があったのだ。
だがEliteは違った。攻略に失敗すると即座に次にBCを同じ街に設置し続けた。
勝つまで平日だろうがなんだろうがBCを置き続ける戦術に、我々は辟易した。
度重なるBCに対抗する為、我々は防衛直後のGoAにBCを撃たれた後、
反撃BCを同時にUNの3つの都市に置くことを決めた。RS、Elite、ROCの3箇所だ。
だが我々が反撃BCを3箇所に撃ちこむと、その反撃BCがさらに4つやってきた。
まさに報復の報復が繰り返される終末核戦争の様相を呈してきたのだ。



しかし、このような終末戦争を俺は望んでいなかった。
またこのBCが発動するであろう日は香港、台湾では「中秋節」という祝日であり、
家族と過ごす日であった為、UN側でもこのBCは歓迎されていなかった。
お互いの利害が一致した事もあり、我々は急遽UNと会談を持った。
AoDとUNの首脳で話し合いを持ち、この8つのBCは全て無効とし交戦しない事を約束した。
Eliteが同意するかしないかが微妙なポイントであったが…
もしEliteが同意しなければ、それこそ俺達の思う壺であった。
何故ならEliteがこの条約に従わず攻撃を仕掛けてきた場合は、
同日に発動するEliteのBCにAoDが攻め込み、そしてUNは一切手助けをしない事になったからだ。
だがさすがにEliteも外交巧者ではある。その落とし穴は理解したようで、
彼らも素直に停戦を飲んだのであった。
そしてM鯖史でも記憶に残る、1日に8つのBC、そしてそれが全て条約により無効となる、
「中秋節の休戦」となったのである。
この事件により、これ移行のBCは週末発動で行われるようになった。
俺としてはそれがM鯖WARコミュニティにとって一番価値のある出来事だったと思う。