AoD解散〜Vd要塞最終決戦 2003年10月上旬



決起集会後、最後の力を振り絞って戦い続けたAoDだったが、
UNの際限ない物量作戦に、ついに矢折れ力尽きた。
設立当初から滅びが運命付けられた存在ではあったが、ここにAoDは解散し、
その広大な版図は開放された。M鯖を恐怖と暴力で席巻した暗黒同盟は終焉を迎えたのだ。
そして当時JP最大勢力であった暗黒帝国UnderdarkはToLを自壊させ解散。
羅刹やGODといったサブギルドがその後を継いで行った。
そしてVdがどうするかも色々話し合った。
しがらみや惰性を排除する為一旦解散しようという案もあったが、
このまま続けたいという意見も多かった。
ただ際限ないBCに疲れ果ててはいたので、折衷案として本国を放棄し、
さらにはタグを変更して名前だけ残っていた過去の人もリセットし、
心機一転再出発する事になった。



この時邪神Morloch復活イベントがあり、放棄直前のVd本国にMorloch像が置かれたり、
それを防衛する事になったりもした。
この時ご褒美としてVdはMorloch像DEEDを貰った。
コレが砂漠Vdに設置したMorloch像である。
そしていよいよ要塞を放棄しようかという時、UNからBCが撃たれたのである。
UNのタグはついていなかったが、調査によりMOPのBCである事はわかっていた。
そしてほぼUN全軍が来ることもわかっていた。





だが当時のVd本国はアジア最強といっても過言ではない要塞だった。
未だにこれ以上の要塞をアジアでは見たことが無い。
強いて言えばKAOSのドリームアイランドが同様に攻略不可能なくらいかな。
そしてVd最終決戦はAoDの枠を超え、様々な援軍が駆けつけてくれた。
KAOS、羅刹、MB、AB、警察、LoSなど。



そして篭城する事すらなくVd防衛は成功し、有終の美を飾った後にVd本国は自壊、
国としてのVdはしばらくの間消滅する事になるのである。
またこの頃からEnTranzの帯域制限がひどくなり、まともにプレイできない人が増加。
俺はISP変更で対処したが、その後も調査を続けた結果、
俺の中ではこのラグは日本〜香港間のラグなどではなく、
EnTranzの帯域制限だという結論が出ている。
EnTranzがアジア独自路線を打ち出し始めたのもこの頃。
このあたりからSBアジアの終焉が始まっていたのだな。